2007年11月11日
あいりん地区の暴動
第一次暴動が有名ですね。
どのうな事件だったのでしょうか。
第一次暴動とは、1961年8月1日に釜ヶ崎の日雇労働者の老人が交通事故に遭い、通報で現場に駆けつけた西成署員が即死と断定し(死亡判定は医師以外出来ない)、派出所前の歩道に遺体を放置したまま20分も現場検証を続け、その後近くの病院に収容したことに対し、周りの労働者が警察の措置に抗議し暴動に発展し、負傷者を多く出した事件のこと。
労働者は西成警察署を包囲し、パトカーや付近に駐車していた車を横倒しにしたり、アパートに放火したりするなどと現場は騒然となった。これに対し大阪府警は警官隊を6,000人に増員し応戦。暴徒を警棒と警備車によって鎮圧した際、負傷者を出す事態となった。この結果、2,000人に上る労働者らの暴動は2日間続き、28人を逮捕、労働者数10人、警察官約100人が負傷した。
この事件は、当時の国会や大阪府議会や大阪市会でも取り上げられ、それに基づき医療費を自治体が負担するなど対策が実施されたが、その後も暴動は幾度となく続いた。そのため、地域の印象向上のため、1966年5月、大阪市・大阪府・大阪府警による「三者連絡協議会」において、釜ケ崎地区の名称を「あいりん地区」とすることが決められ、以後、国や自治体、報道機関ではあいりん地区の名称が用いられている。ただし、近年、大阪市、大阪府の行政用語としては、「地区」という語句を用いず、「あいりん」または「あいりん地域」として表記されていることが多い。
1973年の第21次暴動より約17年間の空白期があったが、1990年10月、第22次暴動が起こった。労働者のみならず騒動を知って地区外より集った青少年層も取り込んで拡大し、阪堺線南霞町駅の炎上や近隣店舗の破壊などの末、沈静化に数日を要した。
1992年10月の第23次暴動以降、大規模な騒動は10年以上発生していない。なお、第23次暴動は現在のところ、日本で発生した最後の暴動である。ただし暴動ではないが、2004年12月に大阪市西成区のあいりん地区にある親中派新左翼日本労働党傘下の団体「釜ケ崎地域合同労働組合」が3日夕、大阪府警西成署前で「警官が労働者に暴行を加えた」として抗議した。同署前には約250人の労働者が詰め掛け、100人以上の警察官らが付近の警戒に当たるなど騒然となった。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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